はじまりの島、はじまりの時。古事記・日本書紀の神代巻に創祀の記載がある最古の神社

HOME > 社殿

社 殿

本殿以下の諸殿群
明治初年から同二十年にかけての官費による大造営で、最初に改築(新築)されたのが本殿で、明治九年に竣功しました。この本殿の後背には、伊弉諾大神の神陵があり神代から禁足でした。本殿の竣功に引き続いて、神陵の墳丘を覆うように二重に基壇を設け、真新しい本殿を神陵の真上に移築したのは、明治一二年のことです。

DSC_2012.JPG

本殿の形式は、三間社流れ造向拝付で、屋根の桧皮葺き(ひわだふき)は前方の幣殿と連結して、一屋根にみせている本殿大床下には、神陵に築かれていた数十個の聖なる石が格納されています。明治の大造営では、本殿のほか、拝殿、幣殿、正門、中門、翼廊、渡廊、透塀、正門と祓殿や齋館が整備され、官幣大社としての体裁が整うことになりました。

幽宮(かくりのみや)
日本書紀神代巻に「是以構幽宮於淡路之洲」とあり、神功をはたされた伊弉諾大神が、御子神の天照皇大御神に国家統治の大業を委譲され、最初に生まれた淡路島に帰還され、多賀の地に幽宮を構えて余生を過ごされたと伝えています。この地で終焉の時を迎えられた伊弉諾大神は、その住居の跡に神陵を築いて(現本殿の位置)お祀りされ、これが最古の神社である伊弉諾神宮の創祀の起源だとされています。

DSC_1986.JPG

夫婦大楠(めおとおおくす)兵庫県指定天然記念物
樹齢九百年を数える古木で、元は二株のものが、結合して一株に成長したという珍樹で、伊弉諾大神・伊弉冉大神の神霊の宿る御神木として信仰されています。江戸時代の地誌にも「連理の楠」として、その霊験が記され、今でも安産、子宝子授けや夫婦円満の祈願成就の信仰がいきています。

DSC_0508.JPG

放生(ほうじょう)の神池
神前の御池は、「放生池」とも呼ばれ、古くは放生神事(鳥や魚を放して生命の永続を祈る行事)が行われていました。今でも病気平癒のための命乞に「鯉」を放ち、快癒の感謝に「亀」を放つ信仰習慣があります。この池は、元は本殿後背の森を隔てる「ため池」と連結して、神陵の周囲に巡らされた濠の名残とされ、後世になって増援整備が行われたものです。

DSC_2014.JPG

◆ 随時受付中です。

夫婦縁満金婚・銀婚記念式

DSC_9637.JPGDSC_9637.JPG夫婦のふるさと、伊弉諾神宮で夫婦の”絆”をお祝いいたします。

詳細はこちらLinkIcon

夜間特別参拝ライトアップ
+創生国生み神楽の舞

DSC_3202.JPGDSC_3202.JPG毎月22日を夫婦の日と定め、「夜間特別参拝ライトアップ」と新たに創生された「国生み夜神楽』をご覧いただけます。

詳細はこちらLinkIcon

語り部付特別参拝

DSC_3145.JPGDSC_3145.JPG日本最古の神社、伊弉諾神宮を語り部と共に巡る、”コンシェルジュ”参拝。

詳細はこちらLinkIcon